大阪地方裁判所 昭和58年(行ウ)49号 判決 1985年1月31日
原告
エムケイ株式会社
右代表者
南部昌也
右訴訟代理人
松浦武二郎
松浦正弘
金子武嗣
森下弘
山下潔
被告
近畿運輸局長
早川章
右指定代理人
中本敏嗣
外五名
主文
一 被告が原告に対し昭和五八年五月三一日付でした一般乗用旅客運送事業の運賃及び料金の変更の認可を求める原告の昭和五七年三月一一日付申請に対する却下処分は、これを取り消す。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一当事者の求める裁判
一 請求の趣旨
主文と同旨
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、京都市内において、「MKタクシー」の名称で一般乗用旅客自動車運送事業(以下、タクシー事業という)を行う株式会社であり、被告(ただし、昭和五九年六月三〇日以前の名称は、大阪陸運局長)は、道路運送法(以下、法という)一二二条一号、同法施行令(以下、施行令という)四条一項三号に基づき、運輸大臣から京都市域におけるタクシー事業の旅客の運賃及び料金を認可する権限の委任を受けた行政庁である。
2 原告は、被告に対し、昭和五七年三月一一日、法八条一項に基づき、旅客の運賃及び料金(以下、単に運賃という)を別紙(一)のとおり変更することを認可するよう申請したところ(以下、本件申請という)、被告は、同年五月三一日付で、本件申請を却下する旨の処分(以下、本件却下処分という)をし、そのころ原告にこれを通知した。
3 しかしながら、運輸大臣及びその権限の委任を受けた被告は、事業者から出された運賃変更申請が法八条二項一号ないし五号の基準を満たす場合には、当然に右運賃変更を認可しなければならないところ、本件申請は、法八条二項各号の要件を全て満たすものであつて、当然に認可されるべきであるから、本件却下処分は、同条に違反する違法な処分である。
4 原告は、その後、法定期間内に本件却下処分が違法であるとして、運輸大臣に対し、行政不服審査法に基づく審査請求をしたが、三か月を経過しても裁決がなく、また、運輸大臣の本件却下処分に関する見解は、これまでの行政指導等から明らかであつて、裁決によつて本件却下処分が是正されることは予想されない。
5 よって、原告は、被告に対し、本件却下処分の取消を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1、2の各事実は認める。
2 同3、4は争う。
三 被告の主張
1 被告は、本件申請が法八条二項各号の基準に適合するかどうかを判断して本件却下処分をしたものであるが、右判断は、その性質上、行政庁である被告の専門技術的、政策的判断を尊重すべき自由裁量に属するものであり、しかも、本件申請は、以下に詳述するとおり、運輸省の行政方針である同一地域・同一運賃の原則に反するもので、結局、法八条一号及び四号の各基準に適合しないといわざるを得ず、被告がした本件却下処分には、裁量権の踰越又は濫用がないのは明らかである。したがつて、本件却下処分は、適法である。
2 次に、本件申請は、運輸省及び被告の確たる行政方針である同一地域・同一運賃の原則に反する京都市域における原告一社だけの単独申請であり、これは、結局、法八条二項一号及び四号の各基準に適合しない申請といわざるを得ない。すなわち、
(一) 法は、「道路運送事業の適正な運営及び公正な競争を確保するとともに、道路運送に関する秩序を確立することにより、道路運送の総合的な発達を図り、もつて公共の福祉を増進する」目的(法一条)のもとに、タクシー等不特定多数の国民の利用に供される一般自動車運送事業の特質を考慮し、良質、安全な輸送サービスの提供を維持、確保するため免許制をとり、参入を規制し(法四条)、事業施設及び運営等いわゆる事業計画の変更認可(法一八条)、公衆の利便を阻害する行為等の禁止命令(法三二条)、事業の譲渡、譲受、合併の認可(法三九条)、免許の取消等(法四三条)等、行政機関が、事業運営の内容等について、積極的に関与・規制を行うことを認めている。
ところで、法八条一項は、タクシー等一般自動車運送事業の運賃及び料金の設定・変更につき、運輸大臣の認可を受けるべきものと定めるとともに、同条二項一号ないし五号において、右認可基準を示しているところ、右認可基準は、公共交通機関の一端を担う一般自動車運送事業の社会的機能と責務を全うするため、法目的に照らして定められた運賃決定(認可)の基本原則である。
(1) 第一号について
まず、タクシー事業等一般自動車運送事業は、国民の社会、経済等日常生活に密着した欠くことのできない公共交通手段であるから、その継続かつ安定したサービスの提供が要請される。また、自動車による運送という役務提供が、不特定多数の国民・利用者に対する給付の内容となるから、輸送の安全や良質のサービスの維持が可能なものでなければならない。そのために、運賃の決定(認可)に当り、まず事業の適正な運営が確保されることが要請されるところから、法八条二項一号は、「能率的な経営の下における適正な原価を償い、且つ、適正な利潤を含むもの。」と規定し、適正原価、適正利潤の原則を定めている。
(2) 第二号について
また、タクシー事業は、不特定多数の顧客の利用に供される公共交通機関であるところから、顧客に対する公平な運送サービスが要請される一方、運送引受に対する公平性(法一五条、一六条)及び運賃負担の公平性の確保が要請される。そこで、法八条二項二号は、運賃の認可に当つては、「特定の旅客又は荷主に対し不当な差別的取扱をするものでないこと。」と定めている。
(3) 三号について
タクシー等一般自動車運送事業は、国民生活に不可欠なものであり、国民、利用者への影響も考慮する必要があるので、法八条二項三号は、「旅客又は貨物の運賃及び料金を負担する能力にかんがみ、旅客又は荷主が当該事業を利用することを困難にするおそれがないものであること。」と定めている。右規定の適用にあたつては、物価、賃金その他経済指標を参酌し、客観的、合理的に判断すべきである。
(4) 四号について
法一条は、「公正な競争の確保」を法目的達成のために欠くことのできない一方策として加えているが、右にいわゆる「公正な競争」とは、法の目的とする公共の福祉の増進に違背し、これを阻害しない競争関係と解すべきである。そして、法八条二項一号が、「他の一般自動車運送事業者との間に不当な競争をひきおこすこととなるおそれがないものであること。」と定めているのは、運賃、料金を手段として、道路運送の総合的発展、ひいては法の目的とする公共の福祉の増進に阻害を来たすことのないよう慎重な配慮を求めたものと解すべきである。例えば、競合する他の事業者を排除して、旅客または貨物を吸収する目的をもつて、採算を度外視した運賃、料金を設定するというようなことは、右三号の規定に牴触するものというべきである。
(二) 以上のような法八条二項一号ないし四号の規定に基づき、運賃決定(認可)をするに当つては、法三条二項に規定する一般自動車運送事業の各事業分野の市場特性を考慮して行う必要があるのであつて、このことから、以下に述べるとおり、運賃の認可については、同一地域、同一運賃の原則が採用されるようになつたのである。
すなわち、運輸省においては、昭和二七年に、東京地区において行われた法八条による最初の運賃改定の認可以来、いわゆる同一地域・同一運賃の原則を行政方針として採用してきた。右原則は、日本全国を交通・経済活動の面的一体性や、都市部・郡部等の地域性を考慮して各陸運局長が定めた各運賃適用地域(運賃ブロック)に区分し、右の運賃適用地域ごとに単一の運賃を認め、同一の運賃ブロックに複数の運賃の存在を認めないというもので、原告が事業を行う京都市及びその周辺については、京都市、向日市、長岡京市及び乙訓郡を含む運賃ブロック(これを京都市域という)が設定され、この京都市域については、事業者毎に異なる運賃の存在を認めず、全事業者について単一の運賃しか認めないという内容である。そして、この行政方針は、法八条二項一号及び四号の規定の趣旨を根拠として、昭和三〇年七月二三日付運輸省自動車局長通達(以下、昭和三〇年通達という。乙第一〇号証)によつてより明確にされ、更に、これを行政手続上最も効果的に担保するものとして、その後、右原則に則つて、一一般乗用旅客自動車運送事業の運賃改定要否の検討基準及び運賃原価算定基準について」(昭和四八年七月二六日運輸省自動車局長依命通達、以下、昭和四八年通達という。乙第九号証)が発せられて、右原則に則つた運賃改定(変更)の認可についての取扱基準が定められ、結局、全国において、法八条によるタクシー運賃改定(変更)の認可は、全てこの原則に則つて運用されてきた。具体的には、各運賃ブロック毎に、全事業者から運賃改定の認可申請があつた段階で、当該陸運局において、右事業者のうちから標準的な事業者を標準能率事業者として選定し、右運賃ブロックにおける運賃改定要否の判定を行つた後、改定が必要と認められた場合、このうちから抽出した原価計算対象事業者の実績をもとに向う二年間における運賃原価の査定を行い、その原価に見合う適正運賃を算定する。陸運局における右の運賃査定が終了すると、当該陸運局長は、原価計算書等関連資料を添えて運輸省に禀伺を行い、これを受けた運輸省は、改めて当該査定内容につき調査・検討を行つた後、公共料金値上げの国民生活に及ぼす影響を勘案し、制度化されている経済企画庁との協議を行い、その協議結果を踏まえて、陸運局長に対する禀伺回答を行うことになつている。右は標準的な運賃ブロックについて採られている一般的な運賃認可の経緯であるが、全国六大都市を含む大都市運賃ブロックにおける運賃改定に当たつては、これら都市における物価上昇の全国的影響力等を特に重視し、前に述べた経済企画庁協議の後、さらに物価問題に関する関係閣僚会議に諮り、その了承を得て陸運局長に対する禀伺回答が行われる。
(三) この同一地域・同一運賃の原則による運用こそ、前述の法八条二項各号の規定の趣旨に沿うものであり、特に、同項四号の他の事業者との間の不当競争を防止するためには、右原則による運用が必要というべきである。すなわち、
(1) まず、タクシー事業においては、中小の零細事業者が多い上、タクシー事業は、その運営形態からして、他産業の様に省力化による合理化が極めて困難であつて、その総原価中、人件費の占める比率が約七割四分と高度の労働集約性を有しており(乙第七号証)、労働大臣官房統計情報部「賃金センサス」によれば、タクシー労働者の賃金は、全産業に比し約二割程度低く、しかも、その給与形態はほとんど歩合給であるから、営業収入の増額が直接労働者の賃金に影響する関係にある。また、タクシー事業は、他の事業者と競争することのない路線バス事業とは異り、一人一車制の個人タクシーを始めとする多数の中小零細事業者が共存競業し、経営維持のため価格競争に陥り易い傾向がある。このようなタクシー事業の特殊性から、運賃に競争原理を導入した場合には、事業の不当な競争を誘発し、その結果、運転者の労働条件の低下を招き、事業の適正かつ安全な運営が阻害されることとなり、ひいては、乗車拒否、不当運賃収受、神風タクシー等、タクシーサービスの低下を招くことになる。
ところで、各陸運局長が定めた運賃ブロック内では、労働賃金や車両・燃料費等の価格の格差が各事業者間でさほど大きくなく、原価の近似性があるので、同一地域、同一運賃によれば、各事業者に統一的な適正利潤をもたらして、タクシー業者の不当な競争を防止し、かつ、タクシー労働者の労働条件の安定的かつ均一的な改善にも寄与するから、同一地域、同一運賃の原則は、まず右の点で法八条二項一号、四号の趣旨に合致するものというべきである。
(2) また、同一の運賃ブロック内に異なる複数のタクシー運賃の存在を認めると、利用者が街頭でタクシーを選択する際に混乱が生じたり、或いは、利用客の奪い合いなどの事態を生じかねない。現に、昭和五〇年七月、和歌山市において、運賃値上げをした他のタクシー業者と値上げを見送つて旧運賃のままタクシーを運行した有田交通グループ系の五社との間でいわゆる二重運賃の問題が生じ、運転手による利用客の奪い合いが起つた。
(3) 更に、タクシー事業においては、運賃に自由競争原理をそのまま導入すべきではない。タクシー事業は、旅客の面的輸送を担うものであるが他の運送事業の特性と同様、タクシーの輸送サービスは、即時財(輸送需要に対して、即応性、迅速性を伴つて役務の提供がなされない場合は、価値を発揮しない性格のサービスで、そのストック、選別が事前に困難であるという特性を有するもの)の性格を有し、また需要発生も、地域的、時間的な変動があることから、地域的かつ時間的に独占性を有することが多く、利用者の保護の観点から定額的で、かつ、明確な運賃大系が要請されるところである。特に、流しタクシーの場合においては、利用者は、街頭において、当該タクシーの選択にほとんど制約を受け、運賃の差による自由競争原理が適正に作用しないことが多い。また、タクシーの特性として運転者と利用者が直接対峙して輸送行為が行われるところから、運賃の自由競争原理を導入した場合には、運転者と利用者の間に無用の混乱を生じせしめることとなりかねない。
(4) その上、タクシー運賃は、単に初乗運賃額のみで決まるものではなく、初乗距離・加算距離の設定の仕方、割増の有無等で実際の運賃額は大きく変わるのであつて、これらを分かりやすく公に明示することは、流し営業主体のタクシーでは極めて困難であり、多重運賃となつた場合の利用者の混乱は避けられない。殊に、他の交通機関のなくなる深夜、早朝等特殊な時間帯や、他の交通機関のない特殊な地域においては、タクシーが交通機関として独占性を有することになるので、顧客においてその選択をする自由を有せず、タクシー運転者が顧客に対し、不当な運賃を請求するような行為が発生し、顧客の利益が確保されないことにもなる。
(四) 以上のように、同一地域・同一運賃の原則によつて運賃の認可をすることが法八条二項各号の趣旨に合致するものである。
そして、法八条一号所定の適正原価・適正利潤とは、運賃及び料金(以下、単に運賃という)の変更を申請した個々の事業者の具体的な原価・利潤が適正であることを意味するものではなく、この同一地域・同一運賃の原則に則つて定めた運賃ブロック、すなわち、本件申請についていえば、京都市・向日市、長岡京市及び乙訓郡を含む運賃ブロック内の全事業者の統一的な適正原価・適正利潤を意味するものと解すべきである。したがつて、原告を含む四七法人事業者及び約二七〇〇の個人タクシー事業者が共存する京都市域において、原告一社のみが本件申請をしても、被告は、法八条二項一号の基準を適用するに当つて、原告一社のみについて、具体的に、適正原価・適正利潤を判断する必要性はないと解すべきである。
(五) ところで、原告の本件申請は、昭和五六年一〇月、京都市域の全事業者の運賃が一斉に値上げされた後の、京都市域における四七法人事業者(原告を含む)及び約二七〇〇の個人タクシー事業者の中の原告一社のみによる運賃値下げの申請であるところ、被告が、本件申請を認めると、京都市域において同一地域・同一運賃の原則が維持できなくなり、ひいては、前記のとおりの利用客の混乱や客の奪い合い、更には、不当競争によるダンピング、運転者の労働条件の低下、その他タクシー、サービスの低下等の様々の弊害を惹起することは必至であつて、これは、正に、法八条二項四号の趣旨に反することになる。のみならず、昭和五六年八月二五日認可された京都市域におけるタクシー運賃の改定は、前記のとおり、同一地域・同一運賃の原則に則り、昭和四八年通達の取扱基準に従い、昭和五六年八月以降の京都市域におけるタクシー需要の動向、経費の上昇等を十分に勘案して決定されたもので、京都市域における標準的な事業者(したがつて、特異な経営事情を有する事業者は除かれる)の原価に見合う適正な額であつて、その後、運賃改定(特に値下げ)を行うべき特段の事情の変更も認められない。したがつて、本件申請の内容たる新運賃(別表(一)の「新運賃」欄記載の運賃)は、法八条二項一号所定の「適正な原価を償い、且つ、適正な利潤を含むものである」とはいえず、また同時に、本件申請を認めると、同項四号の他の事業者との間に「不当な競争をひきおこすこととなるおそれ」があることになる。
(六) 以上のとおりであるから、本件申請は、法八条二項一号及び四号の各基準に適合しないというべきであるし、実質的にもその理由がないから、本件却下処分は、適法である。
四 被告の主張に対する認否
1 被告の主張1は争う。
2 同2の事実のうち、(二)の事実、(五)の事実中、本件申請が、昭和五六年一〇月、京都市域の全事業者の運賃が一斉に値上げされた後の、京都市域における四七法人事業者及び約二七〇〇の個人タクシー事業者の中の原告一社のみの申請であること、以上は認めるが、その余は争う。
五 原告の反論
1 仮に、本件却下処分が被告主張の如く自由裁量に属するものであるとしても、本件却下処分は、その裁量権を著しく逸脱したものであるから違法である。
2 本件却下処分の実質的な理由は、同一地域・同一運賃の原則によるタクシー運賃改定の行政方針であるところ、右原則そのものが法八条に反して違法である。すなわち、
(一) 法は、一条において、「この法律は、道路運送事業の適正な運営及び公正な競争を確保する」ことを目的にかかげ、また、八条一項においても、各事業者が運賃及び料金の変更幅や変更時期を自主的な判断で個別に申請することを前提とした規定を置いている。また、法八条二項一号において「能率的な経営の下における適正な原価を償い、且つ適正な利潤を含むものであること」が要求されているのは、能率的経営の下で運賃の競争をさせることを目的とするものであるし、同項四号において「他の一般自動車運送事業者との間に不当な競争をひきおこすこととなるおそれがないものであること。」が要求されているのは、運賃の競争が当然存在することを予定し、これが不当とならないように認可処分の判断の際調整することを目的とするものと解すべきである。したがつて、法の明文規定からは、運賃の競争を否定し、事業者毎に個別に運賃改定をすることを全く認めない同一地域・同一運賃の原則は、これを許容する余地は全くない。
(二) 法施行(昭和二六年六月)の際の立法者の意思も、同一地域・同一運賃の原則を明確に否定し、法八条の運用として、事業者毎の個別申請による運賃改定の認可を予想していた(昭和二六年五月一八日の参議院運輸委員会における審議、甲第二六号証)。
(三) 同一地域・同一運賃の原則を採らなければならない、実際の必要性や、合理性はない。
まず、二重運賃、すなわち、同一の運賃ブロックにおいて異なる複数の運賃が存在したとしても、利用者の混乱や事業者同志の混乱が生ずることはない。これまで、徳島県、山口県、岡山県、新潟県、和歌山県、福岡県において二重運賃が生じたことがあつたが、いずれの場合においても、そのような混乱は生じなかつた。特に、昭和五六年九月の福岡県の例では、運賃値上げを実施したタクシーと据え置いたタクシーが混在することになり、六大都市及び政令指定都市では初めての二重運賃になつたもので、運賃を据え置いたはかたタクシーは、当時、一八六台の車両を保有し、福岡市内では二番目の大手会社であつたことから、当初は利用客の混乱やタクシー業界内部のトラブルにも繋がると予想された。しかし、結局、このような混乱は発生せず、むしろ、タクシー運転手のサービスが良くなつたと利用者の間では好評であつた。また、昭和五〇年七月の和歌山市域における例においても、確かに、運転手同志の利用客の奪い合いが発生したことはあるが、このような混乱は、国鉄和歌山駅構内の一か所に限られ、また、同様の混乱は、後の昭和五一年一二月に同一運賃になつた後にも再び発生しており、その原因は、二重運賃にあつたのではなく、同駅構内のタクシー乗場に問題があつたことによるものである。
次に、同一地域に二重運賃が生じたとしても、これにより、直ちに事業者間の過当競争による弊害が発生するとするのは、非現実的である。何故なら、実際に過当競争による運賃値上げ申請がなされた時は、その段階で、運輸当局は、値下げを認可しないことにより過当競争を事前に防止しうるし、法に違反する運賃の受領や割戻は、法が罰則をもつてこれを禁止するところであるからである(八条、九条、一二九条一号、二号)。のみならず、事業者が法に違反したときは、運輸大臣は、運賃の変更を命じたり(法三三条一項)、免許の取消をすることができるのである(法四三条)。このように、現行法上は、適正原価・適正利潤を含まない過当競争が生じる余地はないのである。そして、認可される運賃は、原価である運転者の賃金等を考慮した上での適正利潤を含む運賃であるから、労働条件の悪化などは考えられないのである。
(四) 同一地域・同一運賃の原則は、実際には、強制「カルテル」以外の何物でもなく、タクシー業界の保護の役割のみを果し、それによる弊害を被るのは、利用客、すなわち一般消費者である。右原則によつて運賃が規制されると、各事業者の運賃による競争原理を排除することになり、各事業者の経営努力を評価しないことになつて、各事業者の能率的な経営意欲を失わしめることになる。タクシー事業者は、免許制による参入規制(法四条)と運賃認可制による価格規制(法八条)で十分に保護されているというべきで、それ以上に、右原則による運賃規制で、運賃による競争原理を排除してしまう必要性は、どこにもない。
以上のとおり、いずれの観点からみても、同一地域、同一運賃の原則により法八条の運賃改定の認可を扱うことは、違法である。
3 同一地域・同一運賃の原則による運賃認可の取扱が違法である以上、被告は、当然に、各事業者毎の個別申請に基づき、法八条二項各号の各基準を、個々具体的に審査し、運賃改定の要否とその程度(改定幅)を決定しなければならないのは、当然である。そして、その際、右原則による運用を前提とする昭和四八年通達の取扱基準が妥当しないことはいうまでもない。したがつて、本件却下処分の理由として、被告が主張する法八条二項一号及び四号の各要件についても、原告の本件申請について、個別具体的にこれを審査しなければならないというべきである。そして、本件申請は、次のとおり、右各要件に適合するというべきである。
(一) まず、法八条二項一号の基準については、本件申請の運賃額が、適正原価・適正利潤を含むものであることは明らかである。すなわち、昭和五八年度の原告会社の収支は、仮に適正利潤を金六七八八万三〇〇〇円(本件申請の審査に当つた職員である奥西章が、原告会社の右年度の適正利潤として査定した額)としても、少なくとも、本件申請による値下げ幅を縮少すれば、十分に右適正利潤額以上の収益を上げることができたのである。したがつて、同号を理由に本件申請を全面的に却下することはできない。
(二) 次に、法八条二項四号の基準については、同一地域で二重運賃になるというだけでは、他の事業者との間に不当競争が生じる虞があるとはいえないことは前記のとおりである。そして現に京都市域においては、原告は、その所有の小型タクシー(排気量一八〇〇cc四人乗り)四〇〇台のうち、半分の二〇〇台を排気量二〇〇〇ccの五人乗りの中型タクシーに切替えたが、運賃は小型車と同じにしており、また、身体障害者に対しては、一割の割引を行つているから、原告と他の業者との間において二重運賃になつているといえるし、さらに京都市域では、無線配車の際にとるべき迎車料金をとらない扱いであるから、これにより、京都市域全体において、同一地域・同一運賃の原則が実質に崩れているが、これによる混乱は現実に起きていないのである。
法八条二項四号の基準の内容は、更に具体的に、競争関係にある他の事業者の運賃との間に大きな格差が生じ、他の事業者のうちの相当部分が申請事業者に対して対抗する能力を欠くために事業の継続が困難になるに至るおそれがあり、立法目的を実現できなくなるような事態が具体的に発生する場合と考えるべきである。しかるところ、被告は、かような事情について何んら主張・立証していないし、本件申請についてかような事情が存在しないことは明らかである。
以上、いずれにしても、法八条二項一号又は四号の基準に適合しないことを理由として本件申請を却下することはできない。本件却下処分が違法であることは、明らかである。
4 なお、京都市域におけるタクシー需要は、昭和五六年一〇月に14.5パーセントの運賃値上げが認められて以来、低迷状態を続けており、このような事態を打開するためには、乗客増加対策として現行の運賃を値下げして右値上げ以前の運賃額に戻す必要があり、これによつて、右値上げ以来失つていたタクシー需要を回復することができるのである。本件申請は、かような経緯でなされたもので、この点について何んら考慮することなくなされた本件却下処分は違法である。
六 原告の反論に対する認否及び再反論
1 原告の反論1ないし3は争う。
2 原告の反論4は争う。原告主張のタクシー需要の低迷状態は、原告主張のような原因によるものではない。
すなわち、
(一) 京都市におけるタクシー需要の低迷は、運賃値上げのみによるものではなく、次の(1)ないし(3)の各要因の複合的・相乗的作用の結果によるものである。
(1) 京都市域における過去の運賃改定の経過と輸送実績の長期的変動との関係を検討すると、タクシー需要の動向は、運賃改定年に該当すると否とにかかわらず、緩かな低落傾向を示しており、長期的な不況の影響を受けている。
(2) また、京都市入洛観光客数の推移をみても、入洛後タクシー旅客となることが期待される鉄道利用入洛観光客数も長期低落傾向を示しており(なお、昭和五六年度は、神戸市で開催された神戸ポートアイランド博覧会の影響により持ち直しているが、翌昭和五七年度は再び大きく低落している。)、タクシー需要動向に影響を及ぼしている。
(3) さらに、昭和五六年一〇月の運賃改定に先立つて、同年五月二九日には京都市内の中心部を南北に縦断する京都市営地下鉄烏丸線(京都駅北大路間約6.6キロメートル、駅数八)が開業し、同線による輸送人員は一日平均五六年度約一一万七八〇〇人、五七年度約一二万一七〇〇人に上り、地下鉄開通による輸送構造の変化をも併せ考えると、従来のタクシー旅客に対する右地下鉄開業の影響を無視することはできない。
(二) 次に、運賃値下げによるタクシー利用の増加の点であるが、原告はその裏付けとして、本件申請後に行つたというアンケート調査並びにその結果(乙第四、第五号証の各一ないし五及び同第六号証)に基づく潜在的需要の存在を援用する。
しかしながら、原告の依拠する右結果は、調査方法の基本原則を無視する等問題が多く、これをタクシーの潜在的需要を推計する根拠として採用することはできない。
(三) そもそも、タクシー事業は、前述のとおり、その運営形態からして、高度の労働集約性を有するから、仮に京都市域の全事業者が原告に同調して運賃値下げが可能になつたとしても、潜在的需要の見通しが確実なものでない限り、現行運賃による運送収入を上回る運送収入をもたらす様な需要の拡大は期待し得ないところ、前記のとおり最近のタクシー需要の動向は運賃改定年であると否とに拘らず緩かな低落傾向を示しているうえ、省力化による合理化も困難なタクシー事業においては、運賃値下げによつてかえつて経営の不安定化を招来し、これによつてもたらされる旅客サービス改善及び輸送の安全確保への支障はもちろんのこと、更にはタクシー労働条件に重大な影響を及ぼすおそれ等無視しえない点が多々存在するのであり、安易に本件申請を認めることはできないのである。
七 被告の再反論に対する認否
いずれも争う。
第三証拠《省略》
理由
一請求原因1、2の各事実は、当事者間に争いがなく、同4の事実は、弁論の全趣旨によつてこれを認めることができる。
二そこで、本件却下処分が適法であるかどうか検討することとするが、まず、被告は、法八条に基づくタクシー運賃変更の認可或いは不認可の処分は、自由裁量行為であるところ、本件却下処分には、裁量権の踰越又は濫用はないと主張する。
しかし、右運賃改定の認可又は不認可の処分の性質に、公企業の特許的な性質の面があるとみるにしても、その実態は、私人の有する営業の自由を公益のため規制することにほかならず、また、法八条二項、三項の規定からは、処分庁としては、申請された運賃の変更が同条二項各号の基準に適合する限り、また適合する範囲で(値上げ及び値下げの申請の範囲内で一部認める場合)、これを認可しなければならないのは明らかであるから、結局、運賃変更の申請を認可するかどうか、どの範囲で認可するかは、いわゆる法規裁量(覇束裁量)の性質を有すると解するのが相当である。したがつて、本件申請が法八条の要件を充するものであるならばこれを却下した本件却下処分は違法ということになる。
よつて、右本件却下処分が純然たる自由裁量に属する処分であることを前提とした被告の主張は失当であつて採用できない。
三次に、本件却下処分がなされるまでの経過及びその後の事情について検討する。
1被告の主張2の(二)の事実、(五)の事実中、本件申請が、昭和五六年一〇月、京都市域の全事業者の運賃が一斉に値上げされた後の、京都市域における四七法人事業者及び約二七〇〇の個人タクシー事業者中の原告一社だけの申請であること、以上の事実は、当事者間で争いがない。
2前記一の争いがない事実、<証拠>によると、次のとおり認められる。すなわち、
(一) 昭和二六年六月に法が施行される以前は、タクシー運賃は物価統制令の適用を受け、最高運賃のみが法定され、それ以下であれば事業者によつて自由に運賃を決めることができるという「最高運賃制度」が採られていた。それが、法施行後は、法八条三項により、「確定額」をもつて定めなければならないとされた。ただし、法施行当時、立法者は、その「確定額」というのは、各事業者毎の定額運賃という意味に解し、事業者毎に異なつた運賃が認可されることを当然に予想していた(法制定当時である昭和二六年五月一八日の参議院運輸委員会の審議、甲第二六号証)。
(二) ところが、運輸省及び各陸運局においては、昭和二七年に、東京地区において行われた法八条による最初の運賃改定(変更)以来、いわゆる同一地域、同一運賃の原則を行政の方針として採用してきた。この原則は、日本全国を、交通、経済活動の面的一体性や、都市部、郡部等の地域性を考慮して、各陸運局長が定めた各運賃ブロックに区分し、右の運賃ブロック毎に単一の運賃を定め、同一の運賃ブロック内に異なる運賃の存在を一切認めないというもので、原告が事業を行う京都市及びその周辺については、京都市、向日市、長岡京市及び乙訓郡を含む運賃ブロック(これを京都市域という)が設定され、この京都市域においては、事業者毎に異なる運賃の存在を一切認めず、全事業者について単一の定額運賃しか認めないという内容である。換言すると、設定された運賃ブロック内では、各タクシー事業者の経営方針、経営内容その他の経営に関する諸事情が如何に異なつていても、こと運賃に関しては、全事業者均一の定額運賃とし、結局、運賃についての各事業者間の自由競争の原理を排除することを意味するものである。したがつて、これは、各事業者の独自の判断に基づく単独の運賃変更を認めないことを意味する。そして、この行政方針は、昭和三〇年通達(乙第一〇号証)によつてより明確にされ、以後のタクシー運賃の認可行政も、全てこの原則に則つて運用され、更に、その後、昭和四八年通達(乙第九号証)によつて、右原則を前提とした運賃変更要否の検討基準及び運賃原価算定基準が確立された。このようにして、昭和二七年以来、全国において、法八条によるタクシー運賃変更の認可は、後記(一一)のとおりのごく僅かの例外を除いて、全てこの原則に則つて運用されてきた。
(三) そして、タクシー運賃変更認可の申請手続も、当初から、右原則を前提として、各運賃ブロック内のタクシー事業者で組織する事業者団体(京都市域を例にとると、社団法人京都乗用自動車協会((以下、京乗協という))など)が、その所属の事業者の運賃改定認可申請を一括して事実上これに代わつて申請し、運輸当局も、同一運賃ブロック内の全事業者から一括申請がでることを前提にして、各運賃ブロック内における運賃変更の要否、変更による統一運賃の査定、すなわち値上げ幅の査定(運賃値下げの認可申請は、本件申請が法施行以前始めてのものである)についての取扱基準を設定し(前記昭和四八年通達もその一つである)、これに従つて運賃変更の要否、改定による値上げ幅を決定していた。具体的には、各運賃ブロック毎に、全業者から運賃変更の認可申請があつた段階で、当該陸運局において、右事業者のうちから標準的な事業者を標準能率事業者として選定し、これを基準にして収支の状況を検討して運賃変更の要否を決した後、変更が必要と認められた場合、右の標準能率事業者のうちから更に抽出した原価計算対象事業者の実績を基に向う二年間における運賃原価の査定を行い、その原価に見合う適正運賃額を算定する。これが終了すると、陸運局長は、関係資料を添付して運輸省に稟伺を行い、運輸省は、これを更に検討、調査し、制度化されている経済企画庁との協議を経た上で、陸運局長に対する稟伺回答を行う。以上が、標準的な運賃ブロックについての手続経過であるが、全国六大都市を含む大都市運賃ブロックにおける運賃変更の場合は、これら都市におけるタクシー運賃変更による物価上昇の全国的影響力等を特に重視し、前記の経済企画庁との協議の後、更に、物価問題に関する関係閣僚会議に諮つてその諒承を得た上で、陸運局長に対する稟伺回答が行われることになつており、実際にそのように取り扱われてきた。
(四) 運輸省は、更に、六大都市のタクシー運賃の変更は同時に行い、また、運賃変更は、ほぼ二年毎に運賃体系、各事業者の経営内容を見直して行うという行政方針をとり、昭和四五年ころから、ほぼ二年間隔で運賃値上げの認可を行つてきた。昭和二八年以降の京都市域におけるタクシー運賃値上げの推移(小型車の例)は、別紙(二)記載のとおりである。
(五) ところが、この間、昭和五一年一〇月、公正取引委員会は、同月に行われた北海道ブロックの運賃値上げ申請を機会に、前記(三)のように、事業者団体が構成員の委任を受けて運賃変更の認可申請を一括して行うことは、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下、独禁法という)三条又は八条一項一号若しくは四号に牴触するおそれがあるとして、この点について、運輸省との協議、調整を行つた(甲第二三号証)。その結果、運輸省は、昭和五二年六月二一日以降、次のとおり指導することにし、その旨を、関係者に周知徹底した(同日付の運輸省自動車局業務部旅客課長の覚書((自旅第一九〇号、甲第三五号証)))。
ア 事業者団体による一括代理申請は認めないものとし、各事業者から個別に申請を行わせるものとする。ただし、個人タクシー事業者については、当分の間、事業者団体による一括代理申請を認めるものとする(事業者が希望しない場合を除く)。
イ なお、事業者団体が申請内容を決定し、これに基づき申請するよう構成事業者に強制する等構成事業者の機能又は活動を不当に制限することのないよう事業者団体を指導するものとする。
したがつて、その後、京都市域においても、前記のような事業者団体による一括代理申請はされなくなつた。ただし、大阪陸運局(ただし、昭和五九年七月一日以降の名称は近畿運輸局)は、他の各陸運局同様、これによつて従来の運賃変更認可の手続を基本的には変更することなく、各運賃ブロック内の全事業者から運賃変更の認可申請が出揃つた段階で、運賃変更の認可の作業に着手することにし、前記のとおりの従来同様の方法で、運賃変更の認可を行つてきた。
(六) 京都市域における現行のタクシー運賃は、次のとおりの経緯で決定、認可された。すなわち、昭和五六年当時、運輸省は、前記のとおり、同一地域、同一運賃の原則、六大都市一斉認可、ほぼ二年間隔で運賃変更の要否を検討する、との行政方針をとつており、同年四月ころ、六大都市の運賃値上げ申請がほぼ出揃つた。京都市域においても、原告らいわゆるエムケイグループ三社(原告、駒タクシー株式会社、三和交通株式会社)を除く他の全ての事業者が、被告に対して、一斉に運賃値上げを申請した。これに対して、原告及びエムケーグループと呼ばれる駒タクシー株式会社、三和交通株式会社は、当初、運賃の値上げは、実車率(走行中のタクシーの車両に乗客が乗つている割合)の低下に拍車をかける、各事業者は、運賃値上げよりも、その経営努力によつて実車率の向上を図るべきであるとして、他の事業者の値上げ申請に同調しなかつた。しかし、その後、原告を含む右三社は、大阪陸運局の担当官、全乗連(京乗協などの各地のタクシー事業者団体の上部の全国組織)及び京乗協らから、値上げ申請に同調するよう強い働きかけを受け、このため、態度を一転して、同年八月一四日、他の事業者同様の値上げ申請を被告に対して行つた。被告は、右三社からの値上げ申請があつたのを受けて、同月二五日に、京都市域の全事業者について別紙(一)の「旧運賃」欄記載のとおり、14.5パーセントの値上げを認可し、右運賃は、同年一〇月一日から実施された。なお、京都市域以外の六大都市においては、同年八月二五日に同様の値上げ申請が認可され、新運賃は同年九月二日から実施された。
(七) 公正取引委員会は、昭和五七年五月六日、前記の昭和五六年八月の京都市域におけるタクシー運賃値上げの認可に際し、京乗協が、原告ら三社に対して、前記のように他の事業者と同様の値上げ申請をするよう働きかけたのは、独禁法八条違反の疑があるとして、今後、このような行為を再び行うことがないよう、京乗協に対し厳重に警告した(甲第二四号証、同第五七号証)。
(八) 原告は、前記(六)のとおり、結局、昭和五六年八月、被告に対し、他の事業者と同様の運賃値上げの認可を申請するに至り、同年一〇月一日以降現行運賃で事業を行つてきたが、右申請は、そもそも、原告会社の本意ではなく、大阪陸運局、京乗協その他の不当な圧力に抗し切れず、やむなくしたものであるところ、右昭和五六年一〇月一日以降の運賃の値上げにより、京都市域では、実車率が低下し、運転者の労働時間が長くなつたにも拘らず、収入はそれ程増加しなかつたので、原告は、まず、昭和五〇年一〇月に値上げした運賃を値下げして旧来のものに戻し、失つた乗客を取戻す必要があるとして、昭和五七年三月一一日、被告に対し、本件申請(一二、六六パーセントの値下げ申請)をした(甲第四号証)。
(九) 被告は、右同日、本件申請を受け、同年四月一日に聴聞手続の公示をし、同月下旬から同年五月中旬にかけて聴聞手続を実施した(甲第一四号証の一四頁参照)。しかし、被告は、前記のとおり、そもそも、同一地域、同一運賃の原則によることを行政方針としていたので、一応、原告会社について、同時点までの収支の状況等を調査し、その適正利潤の査定は行つたが、更に、具体的に、値下げ幅をどれだけにすれば適正利潤の確保が可能かについて、他の事業者の収支状況と比較するなどの十分な調査を行わず、実質的には、同一地域、同一運賃の原則をその後も維持するため、原告だけの値下げ申請を認可することにより、京都市域で二重運賃が生ずるのを避けるため、次の如き理由、すなわち、
(1)(ア) 京都におけるタクシーの需要低迷は、長期に亘る不況の影響、地下鉄開通による旅客の転移、タクシー旅客となる鉄道利用入洛観光客の長期低落傾向が作用しているものであり、運賃値下げを行つたとしても、タクシー需要の回復は期待できない。
(イ) 原告は、運賃を値下げすれば、タクシーの利用者が増えると主張する潜在需要の推計を、主にアンケート調査によつているか、この調査については、設問内容、サンプルのとり方に問題が多く、これを採用する根拠に乏しい。
(ウ) したがつて、運賃値下げを行つても、現行運賃に基づく営業収入を上回る営業収入をもたらすような需要の拡大は期待しえず、却つて、タクシー事業の高度の労働集約性から、運賃値下げによりタクシー労働者の労働条件に重大な悪影響を及ぼすとともに、サービスの改善及び輸送の安全確保に支障を生ずる恐れがある。
(2) 現在、タクシー運賃については、同一地域、同一運賃の原則を適用しているが、これは、利用者の混乱防止及び中小零細企業が多いタクシー事業の不当競争防止を目的としたものであり、タクシーの労働条件の安定的かつ均一的な改善に寄与しているが、本件値下げの申請を認めれば、右原則が確保されなくなり、利用者をまきこんだ混乱が生ずる。
(3) 昭和五六年八月に認可した京都市域の運賃改定は消費者に対する影響等の大きさに鑑み、「物価問題に関する閣僚会議」に諮る等慎重な手続を経て設定されたものであり、その後の需要の動向、経費の上昇等を勘案すれば、値下げを行うことは適当ではない。
以上のような理由を付して(甲第三号証参照)、同年五月三一日付で本件却下処分をした。
(一〇) タクシー運賃の変更(値上げ)は、前記の昭和五六年一〇月以来昭和五九年五月までなかつたが、神戸市域(神戸市と尼崎など阪神間地域)においては同月三〇日から、大阪においては同年七月四日から各九、六パーセントの値上げが認可されてこれが実施された。しかし、京都市域においては、各事業者とも値上げの認可申請を行わず、昭和五六年一〇月から実施された現行運賃のまま据え置かれている。そして、神戸及び大阪の各運賃ブロックにおいては、右の運賃値上げ実施後の実車率が低下し、客離れ現象がでているが、運賃が据え置かれた京都市域では、逆に実車率が若干増大し、実績が好転し始めている(甲第六号証の二、同第八四号証各参照)。
(一一) なお、これまでに極めて例外的な現象として、同一地域に異なるタクシー運賃が生じた事例(いわゆる二重運賃の事例)が、徳島県、山口県、和歌山県、福岡県、岡山県、新潟県等であつた。しかし、その際、和歌山県以外は、利用客の混乱やタクシー運転手による客の奪い合い等の事態は発生しなかつた。
和歌山県では、昭和四九年一月に、有田交通系の三社以外のタクシー事業者が値上げ申請したのに対し、右三社が値上げ申請しなかつたため、同月二三日から暫定運賃として22.2パーセントの運賃差の二重運賃となつた。そして、更に、昭和五〇年七月七日右暫定運賃から10.1パーセントの値上げが他の事業者について認可され、有田交通系の右三社と他のタクシー事業者との間に更に運賃差が生じた。この状態は、昭和五一年一二月、右三社も運賃値上げを申請して結局同一運賃となるまで約三年間近く継続した。この間、昭和五〇年七月八日、国鉄和歌山駅構内の有田交通系のタクシーの専用乗り場に、運賃値上げを実施した他のタクシー会社の運転手(和歌山県旅客自動車協会加盟のタクシー事業者)が自車を乗り入れようとしたことに端を発し、双方の運転手約五〇人が約五分間入り乱れて乱闘となつた。この間、同駅前の交通はマヒ状態になり、タクシーを待つていた利用客は足止めを食う恰好となつた。なお、同一運賃になつた後である昭和五二年八月一日にも、国鉄和歌山駅構内で、有田交通系のタクシー運転手と他のタクシー会社の運転手との間で暴力事件が発生した(甲第二八号証、同第二八号証の一、二、同第二九号証各参照)。
以上の事実が認められ、右認定に反する<証拠>はたやすく信用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
四ところで、被告は、前述のとおり、昭和二七年以降、運輸省及び全国の各陸運局は、全て、同一地域、同一運賃の原則に則つてタクシー運賃及び変更の認可を決定してきたもので、これは確たる行政方針であるところ、本件申請は、運輸当局が設定した運賃ブロックである京都市域における原告一社だけの単独申請であつて、右原則に反することになり、結局、法八条二項一号及び四号の各基準に適合しないものである旨主張する。しかしながら、
1法は、一条において「……道路運送事業の適正な運営及び公正な競争を確保する」ことをその目的に掲げ、一定の限度で適正な競争をすることを認めているし、また、法八条一項は、「一般自動車運送事業を経営する者は、旅客……の運賃その他運輸に関する料金を定め、運輸大臣の認可を受けなければならない。」と定め、各運送事業者が、運賃、料金の変更幅や変更時期を、その自立的な判断に基づき個別に申請し、大臣が個別に認可する建前をとつている上、さらに、法八条二項四号において、「他の一般自動車運送事業者との間に不当な競争をひきおこすこととなるおそれがないものであること。」と定めているが、右規定は、タクシー事業者間にタクシー運賃の差異(二重運賃)のあることを当然の前提とし、運賃について、事業者間に不当な競争を起こすおそれのある場合には、運賃の変更等の認可をしないこととして、秩序を図ろうとしたものと解すべきところ、これらの法の規定からすれば、法は、タクシーの運賃についても、適正な競争を認め、事業者間にタクシー運賃の差異を生ずることを容認しているものと解すべきである。けだし、右のように解さなければ、法がタクシー事業を含む自動車運送事業の公正な競争をその目的とし、タクシー運賃について、各事業者の個別の申請を認めていることと矛盾するし、さらに、同一地域、同一運賃として、タクシー事業者間に運賃の差異のあることが法律上認められていないならば、運賃について業者間に不当な競争をおこすことはあり得ないから、法八条二項四号において、前述の如く不当な競争のおそれのないことを運賃変更等の認可の要件として掲げる必要はないからである。なお、右四号の「……不当な競争をひきおこすこととなるおそれがないものであること。」という規定の趣旨を、同一地域、同一運賃の原則を定めたものであると解することは、右のような文言を用いて規定した法の趣旨に反するものというべきである。もし、右四号が右のような趣旨で定められたものであるならば、右のような不明確な文言を用いる代りに、むしろ直截簡明に、同一地域においては同一運賃とする旨の文言を用いてこれを規定するのが通例というべきであるからである。
2次に、法は、昭和二六年七月一日に施行された法律であるが、<証拠>によれば、法が制定された際の参議院運輸委員会の審議において、政府側委員は、「法において、タクシー業者の運賃の変更等は、各業者毎に或いは各地域毎に、それぞれ異る申請の出されることが予定されており、同一地域においても各事業者毎に違う賃金の生ずることがあるし、また、運賃の競争ということもあり得るが、ただダンピングにより認可額を割つて不当に競争することは許されないに過ぎない、したがつて、法は、同一地域、同一運賃の原則を採用するものではない。」との趣旨の答弁をしていることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
3さらに、同一地域、同一運賃の原則によれば、前述のとおり、同一地域においては、各タクシー事業者のタクシー運賃をすべて同一にすることになるから、各タクシー事業者の経営内容に格差がある場合においても、経営内容の悪いタクシー業者の運賃値上げを認可すれば、経営内容がよくて必ずしも運賃値上げの必要のないタクシー事業者の運賃値上げを認可することになるところ(前記三の2の(二)参照)、このような扱いは、タクシー利用者(消費者)の利益を無視してタクシー事業者の保護のみを招く一種のカルテルであつて、タクシー運賃の分野における公正な競争を実質的に否定するものというべきであるから、独禁法八条に違反する疑いがあるというべきであるし、経営内容のよいタクシー事業者の運賃値上げを認める点で、適正原価、適正利潤の原則を定めた法八条二項一号の規定の趣旨に反するものというべきである。
なお、前記三の2(五)(七)に認定の如く、公正取引委員会が、昭和五一年一〇月の北海道ブロックの運賃値上げ申請を機会に、それまで各ブロック毎に各事業者団体が、その構成員の委任を受けて行つていた一括運賃変更の認可申請の取扱いが独禁法三条又は八条に牴触するおそれがあるとして、運輸省との協議、調整を行つて、右取扱いを、各事業者毎に個別に運賃変更の申請をするよう改めたことや、京都市域における昭和五六年の運賃値上げに際し、これに反対する原告に値上げ申請をするよう働きかけたのは、独禁法八条に違反する疑いがあるとして、京乗協に対して警告したことなどは、いずれも同一地域、同一運賃の原則が、独禁法に違反する疑のあることを当然の前提としたものと解すべきである。
4以上1ないし3の諸点からすれば、法は、同一地域においても、適正原価、適正利潤の原則に合致し、かつ、各タクシー業者に不当な競争をひき起すおそれのない場合には、各タクシー業者毎に異なつた運賃を認可することを認めているのであつて、同一地域、同一運賃の原則に反する運賃変更の認可申請であつても、必ずしも法八条二項一号及び四号に反するものではないと解すべきである。
5もつとも、被告は、タクシー事業においては、中小の零細事業者が多い上、タクシー事業は、その運営形態からして、他産業の様に省力化による合理化が極めて困難であつて、高度の労働集約性を有しているから、収入の増額が直接労働者の賃金に影響する関係にあるとし、同一地域、同一運賃の原則をとらず、運賃競争の原理を導入した場合には、事業の不当な競争を誘発し、その結果運転者の労働条件の低下を招き、事業の適正かつ安全な運営が阻害され、タクシーサービスの低下を招くが、同一地域、同一運賃の原則によれば、同一地域では、原価の近似性があるので、右の弊害を防止できるとの主張をしている。しかし、右被告の主張事実に副う<証拠>は、後記の諸事情に照らしてたやすく信用できず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。
却つて、弁論の全趣旨によれば、タクシー運転者の賃金その他の労働条件は、タクシー事業の原価のうちで、その多くを占めるものであることが認められるところ、法八条二項一号は、運賃変更認可の基準として、「能率的な経営の下における適正な原価を償い、且つ、適正な利潤を含むものであること。」と定めているから、タクシー運転者の賃金その他の労働条件が不当に低い場合には、勿論運賃値上げの認可を受けて、労働条件を高めることが可能であるし、また、労働条件を上げるべく運賃の値上げをしたために、それより低額のタクシー業者との競争において劣ることになつたとしても、それが利用者に犠牲をもたらすような不公正なものでない限り、本来営業の自由の原則をとる我が法制(憲法二二条参照)の下では止むを得ないことであつて、一層の企業努力をしない限り、これによる収益の低下は、当然に当該事業者において甘受すべき事柄であるというべきである。また、ある業者が他の業者との競争に打ち勝つために、賃金その他の労働条件を引下げて運賃の値下げ認可の申請をしても、その多くの場合は、不当な競争を招くことになるから、法八条二項一、四号により、右の如き運賃値下げの認可は認められないことになるのである。すなわち、ある事業者が自らの経営事情を顧慮することなく、適正原価、適正利潤の要請を無視してまで、いわゆるダンピングによる運賃値下げの認可申請をしても、そのような申請は、法八条一項一号及び四号の各基準に適合しないから、法律上認可され得ないし、また、法は、罰則をもつて、収受した運賃の割戻を禁止しており(法八条、九条、一二九条一号、二号)、運輸大臣は、公共の福祉を阻害している事実があると認めるときは、事業者に対して運賃等の変更を命じたり(法三三条一項二号)、事業者が法やそれに基づく命令若しくはこれらに基づく処分等に違反したときは、事業の停止や免許の取消をもできるのである(法四三条)。したがつて、運賃改定の認可の際に、二重運賃が生ずるという一事をもつて、直ちに各事業者間に不当競争の生ずるおそれがあるともいえないのである。
したがつて、被告主張の如く、同一地域、同一運賃の原則をとらなければ、直ちに労働条件の低下を招くものとは認め難いし、また、右原則をとらないことにより、事業者間に不当競争が生じ、法律上容認されない程の事業の適正、安全な運営が阻害され、利用者に対するサービスの低下を招くものとも認め難い。
よつて、右の点に関する被告の主張は失当である。
6次に、被告は、同一地域、同一運賃の原則をとらず、同一地域において、異なる複数のタクシー運賃の存在を認めると、利用者が街頭でタクシーを選択する際に混乱が生じたり、或いは、利用者の奪い合いなどの事態を生じかねないと主張しているが、右被告の主張事実に副う<証拠>はたやすく信用できず、他に右事実を認め得る証拠はない。
もつともタクシー事業者の数もタクシーの台数も少なく、その利用者の数も極端に少ない小都市や郡部等においては、各業者のタクシー運賃が同一でなければ、顧客は、運賃の安いタクシーを利用しようとすることは経験則上明らかであるから、利用者の側でタクシーを選択する際に混乱が生じたり、或いは、タクシー運転者の側で客の奪い合いをするなどの事態の起きることが予想されなくはない。しかし、<証拠>によれば、次の事実が認められる。すなわち、本件申請がなされた昭和五七年当時、京都市域における法人タクシー業者の数は、約四十数社、個人タクシー数は約二七〇〇、タクシーの台数は約五千数百台であり、その利用者も一日当り数十万人であるのに対し、原告の所有するタクシーは、右京都市域におけるタクシー台数の一〇分の一以下の約四五〇台であつたこと、原告は、京都市内の八条口や国鉄京都駅前等で客待ちをしておらず、流しと無線配車によつて客を拾つたり、特定の得意先からの貸切の注文等によつて、その営業をしていること、したがつて、原告一社のタクシー運賃が他のタクシー業者の運賃よりも若干低額となつたとしても、京都市域においては、被告主張のような混乱が起きるおそれがあるとはいえないこと、現に、京都市域の営業タクシーには、運賃の異なる中型タクシーと小型タクシーとがあるが、これによる混乱の起きたことはないこと、また、原告の会社では、被告の認可を受けて、他のタクシー業者が実施していない身体障害者に対する運賃を一割引く運賃割引制度を実施している外、かつて適法に、本来は中型車にすべき排気量二〇〇〇ccのタクシー二〇〇台を小型車にし、小型車の運賃で営業したことがあるが、京都市域においてこれらによる混乱も格別起きなかつたこと、以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。したがつて、少なくとも、京都市域における本件申請について、同一地域、同一運賃の原則によらずに、他の事業者とは別個に、原告会社についての適正原価、適正利潤を被告において査定し(この査定については、運輸省及び被告の運輸政策を加味した裁量の余地が全くないわけではないと解されるが、それはともかく)、これに基づいて、本件申請による運賃値下げの全部又は一部が認められる場合があつたとしても、これを直接の原因として、直ちに、利用者の混乱や事業者同志の混乱が生じるとは、必ずしもいえないものというべきである。そしてこのことは、前記三の右2の(二)に認定したとおり、過去において、右原則の例外としていわゆる二重運賃となつた事例についても、昭和四九年一月から昭和五一年一二月までの和歌山県における事例以外は、利用者、タクシー事業者の双方とも二重運賃による直接の混乱は生じていないこと、ただ和歌山県の事例においても、二重運賃となつた三年間近くの間に、国鉄和歌山駅構内で、混乱が生じたものであり、それも、運賃値上げを実施したタクシー会社の運転手が、値上げを実施しないタクシー会社の専用乗場を占拠してその営業を妨害しようとしたことに端を発するもので、これを直ちに異なる運賃が併存することに基因するものとすることはできないこと、しかも、同駅構内においては、二重運賃が解消されて同一運賃になつた後においても、ほぼ同様の混乱が発生していること、等に照らしても明らかというべきであつて、結局、過去の例からしても、京都市域において、本件申請の全部又は一部が認可されることにより二重運賃が発生したとしても、これにより、直ちに、利用者、タクシー事業者の間において、混乱が生ずるものとは認め難い。
よつて、右の点に関する被告の主張も失当である。
7さらに、被告は、タクシー運賃に自由競争の原理を導入した場合には、運転者と利用者との間に無用の混乱を生じさせるから、タクシー業界においては、運賃の自由競争の原理をそのまま導入すべきではないとし、また、多重運賃となつた場合には、利用者に無用の混乱を生じさせ、その利益が確保されないとして、これらを一事由として、同一地域、同一運賃の原則をとるべきであるの趣旨の主張をしているが、右被告の主張に副う<証拠>はたやすく信用できず、他に右被告の主張事実を認めるに足りる証拠はない。
却つて、前述のとおり、法は、その一条において、公正な競争を認めている上、法八条一項において、運賃の変更については運輸大臣の認可を受けなければならないとし、法八条二項一号、四号において、適正原価、適正利潤を無視した運賃や、事業者間において不当な競争を招くおそれのある運賃は、認可できないこととしているから、同一地域、同一運賃の原則をとらず、いわゆる同一地域において多重運賃を認めたからといつて、被告主張の如き弊害を招く無制限の自由競争を認めることになるものではないというべきである。
なお、タクシー運賃を、初乗距離のみならず、加算距離の設定の仕方等も含めて、これを公衆に分かりやすく明示することは望ましいことで、そのためには、同一運賃ブロック内では、単一の運賃しか存在しない方が好都合ではあるけれども、異なる運賃が存在する場合であつても、その初乗運賃を車体に表示することにより、公衆に対して実際の運賃額(初乗運賃以外の分も含めた運賃額)をほぼ予想させうるといいうるのであつて、かような実際上の都合をもつて、同一地域、同一運賃の原則が、法の趣旨に合致するものである、とすることもできないというべきである。
8なお、被告は、右運賃ブロック内では、労働賃金や燃料費等の原価の近似性があるとし、これを前提に、法八条二項一号の適正原価、適正利潤とは、運賃の変更を申請した個々の事業者の具体的な原価、利潤が適正であることを意味するものではなく、同一地域、同一運賃の原則に則つて定められた運賃ブロック毎の運賃が、右一号に定める適正原価、適正利潤を含む運賃であると主張するが、右は、被告の独自の見解であつて到底採用できない。もつとも、<証拠>中には、右被告の主張に副う趣旨の記載や証言があるが、右各記載内容や証言は後記証拠に照らしてたやすく信用できない。却つて、<証拠>によれば、各運賃ブロック内でも、各事業者により、労働賃金や燃料費等の原価に差異があり、その利潤にも差異のあることが認められる。
よつて、右の点の被告の主張も失当である。
9そうとすれば、如何なる場合にも、同一地域、同一運賃の原則をとらなければ、法八条二項一号、四号に牴触することになるものではない。却つて、同一地域、同一運賃の原則に反することになつても、地域によつては、当該運賃改定を申請した個々の事業者について、その申請による改定が、法八条二項一号に定める適正原価、適正利潤の要請に合致し、それが同項四号に定める他の事業者との間に不当な競争をひき起こすおそれのない場合であつて、同項に定めるその他の基準(二、三号、五号)に合致する限りは、特段の事由のない限り、当該申請にかかる運賃の変更を、右各基準に基づき相当と認められる限度で認可すべきものと解すべきであるから、前記認定の諸事実(殊に前記6の事実)の認められる本件においては、京都市域における本件申請について、他に特段の理由もないのに、前記三の2の(九)に認定のとおり、その変更申請にかかる運賃が適正原価、適正利潤に合致し、他の事業者との間に不当な競争を引き起こすおそれのないものであるか否かの点や、その他法八条二項に定める基準に該当するか否かの点について、十分な調査を行わないまま、同一地域、同一運賃に反することを理由に本件申請を却下することは、法八条に違反して許されないものというべきである。
よつて、本件却下処分は、右の点で法八条に反して違法であるといわざるを得ないのである。
五なお
1本件申請の理由は、前記のとおり、昭和五六年一〇月一日以降の運賃値上げにより、京都市域では実車率が低下し、運転者の労働時間が長くなつたにも拘らず、収入はそれ程増加しなかつたので、まず、昭和五〇年一〇月に値上げした運賃を値下げして旧来のものに戻し、失つた乗車率を取戻す必要があるというにあるところ、被告は、京都市域における近時のタクシー需要の低迷状態は、別紙(二)のような数次の運賃値上げによる客離れだけによるものではなく、長期的な不況の影響、鉄道を利用して入洛する観光客数の長期低落傾向、更には、昭和五六年五月の市営地下鉄烏丸線の開通による影響等の複合的相乗的作用であるから、本件申請を認めて原告の運賃が値下げされたとしても、これによる需要回復は期待できないと主張する。しかし、右被告の主張に副う<証拠>は、後記各証拠に照らしてたやすく信用できず、他に右被告の主張事実を認め得る証拠はない。
却つて、<証拠>によれば、京都市域においては、昭和五六年一〇月一日にタクシー運賃を値上げしたために、それ以後タクシー離れの現象が起きて実車率が相当に低下したこと、そしてタクシー運転者の労働時間が長くなつたにも拘らず、その収入がそれ程増加しなかつたこと、本件申請がなされた昭和五七年当時及びそれ以降において、タクシー運賃の値下げをすれば、潜在的なタクシー利用者が現実にタクシーを利用するようになり、実車率が上昇して収益が増加する見込があること、以上の事実が認められる。そして現に、昭和五九年五月に神戸市域において、また、同年七月に大阪において、それぞれ各9.6パーセントの値上げ認可がなされてこれが実施されたが、京都市域においては、昭和五六年一〇月から実施された現行運賃がそのまま据置かれているところ、運賃値上げをした神戸市域及び大阪ではその後実車率が低下したが、京都市域では最近において実車率が若干増加し、実績が好転しつつあることは、前記三の2の(一〇)に認定したとおりである。
2次に、<証拠>によれば、原告は、数々の企業努力により、その経営内容は極めて良好であつて、昭和五六年一〇月に値上げした現行運賃を値下げしても、経営利益において一〇三ないし一〇七パーセントの収益率があり、適正利潤を超える利益のあることが一応認められ、これに反する<証拠>はたやすく信用できない。
3そうだとすれば、本件申請は、実質的にも適正な原価を償い、かつ、適正な利潤を含むものであることが窺われるし、また、本件申請にかかる運賃の変更を適正な限度で認可しても、他の事業者との間に不当な競争をひきおこすおそれのないことは、前記四の5に認定したとおりである。
六そして、法八条に基づくタクシー運賃変更の認可又は不認可(却下)の処分は、前述のとおり、法規裁量行為と解すべきであるが、仮に自由裁量に属する部分があるとしても、前記三ないし五に述べたところからすれば、本件申請を却下した本件却下処分は、その裁量の範囲を著しく逸脱したものであつて、違法なものというべきであるから、結局、取消を免がれないものというべきである(なお、今後の経済事情の変更により、本件申請に対する処分がなされるまでの間、本件申請にかかる運賃が適正原価、適正利潤を欠くことに至つた場合は別である)。
以上のとおりであるから、本件却下処分を取消し、訴訟費用の負担について行訴法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(後藤勇 八木良一 岩倉広修)
別紙 (一)
新旧対照表
項目
新運賃
旧運賃
距離制運賃
初乗運賃
大型車
2キロ 400円
大型車
2キロ 450円
中型車
2キロ 380円
中型車
2キロ 430円
小型車
2キロ 370円
小型車
2キロ 420円
加算運賃
大型車
365メートル 70円
大型車
360メートル 80円
中型車
475メートル 70円
中型車
470メートル 80円
小型車
545メートル 70円
小型車
540メートル 80円
時間・距離
併用運賃
大型車
時速10キロメートル以下の
運行時間について
2分15秒間までごとに 70円
大型車
時速10キロメートル以下の
運行時間について
2分10秒間までごとに 80円
中型車
時速10キロメートル以下の
運行時間について
2分55秒間までごとに 70円
中型車
時速10キロメートル以下の
運行時間について
2分50秒間までごとに 80円
小型車
時速10キロメートル以下の
運行時間について
3分20秒間までごとに 70円
小型車
時速10キロメートル以下の
運行時間について
3分15秒間までごとに 80円
割増
深夜早朝
2割
深夜早朝
2割
時間制運賃
大型車
30分間までごとに 1,600円
30分間までごとに 1,800円
中型車
30分間までごとに 1,400円
30分間までごとに 1,600円
小型車
30分間までごとに 1,150円
30分間までごとに 1,300円
別紙(二) 京都市域タクシー運賃の推移(小型)
改正
年月日
基本運賃
爾後運賃
待料金
時間制運賃
値上率
備考
昭和
28
1.71Km→60円
285m→10円
3分 →10円
8時間又は120Kmまで
→5,000円
―
大阪、神戸
2Km→70円
38.1.15
1.7Km→70円
480m→20円
3分 →20円
1 時間→740円
18%
(40.5.10)
2.0Km→90円
500m→20円
3分 →20円
1時間 →740円
0%
(阪神と同一運賃
に調整したもの)
45.1.1
2.0Km→120円
465m→20円
3分 →20円
1時間 →740円
21%
47.2.5
2.0Km→150円
525m→30円
3分 →30円
1時間 →1,000円
33.4%
時間距離併用運賃
となる
49.1.29
2.0Km→200円
525m→38.7円
3分 →38.7円
1時間 →1,300円
29%
(暫定運賃)
49.11.1
2.0Km→270円
530m→50円
3分 →50円
1時間 →1,700円
32.5%
52.5.6
2.0Km→320円
530m→60円
3分15秒→60円
30分 →1,000円
19.1%
54.9.1
2.0Km→370円
545m→70円
3分20秒→70円
30分 →1,150円
14.3%
56.10.1
2.0Km→420円
540m→80円
3分15秒→80円
30分 →1,300円
14.5%
《付》
タクシーの運賃値上げが独禁法に違反するとして提起された損害賠償請求事件について裁判上の和解が成立した事例
〔和解調書〕
(事件の表示)
昭和五七年(ワ)第一三九二号
(期日)
昭和五九年一一月三〇日午後一時〇分
(場所)
京都地方裁判所第四民事部
裁判長裁判官 石田眞
裁判官 小山邦和
裁判官 中村俊夫
裁判所書記官 塩貝和也
(当事者の出頭状況等)
(民訴法第一四三条第四号の事項)
原告 田中幸子
原治子
鈴木さき
原告代理人 井上善雄
川谷道郎
島川勝
村山眞
被告国指定代理人 森下康弘
速水彰
西田饒
安富正文
森敏幸
被告国指定代理人 奥西章
被告協会弥栄代理人 田邊照雄
被告エムケイ代表者 南部昌也
被告エムケイ代理人 松浦正弘
各出頭
(手続の要領等)
左記のとおり和解成立
(当事者の表示)<省略>
別紙のとおり
(請求の表示)
別紙のとおり
(和解条項)
別紙のとおり
裁判所書記官 塩貝和也
〔請求の趣旨〕
一、被告国、同京都乗用自動車協会は、連帯して各原告に対し、金一万円およびこれに対する本訴状送達の日より支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
二、被告彌榮自動車株式会社は別紙目録記載の各原告に対し、同目録記載の金員およびこれに対する訴状送達の日より支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三、被告エムケイ株式会社は別紙目録記載の各原告に対し、同目録記載の金員およびこれに対する訴状送達の日より支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
四、訴訟費用は被告らの負担とする。
との裁判および第一〜三項につき仮執行の宣言を求める。
〔請求の原因〕
第一、はじめに
一、本件は、市民の重要な「足」であるタクシーの運賃値上げが私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独禁法」と略称する)と道路運送法に違反して強行されたことについて、その責任を問い、利用者の損害の回復を求めるものである。
二、タクシーは鉄道、バスと並ぶ一般的な陸上旅客輸送手段として市民生活に欠かせないものであり、その運賃の決定は利用者の生活に大きな影響を与える。
ここにタクシーに対する政府の規制の根拠が認められてきた。道路運送法により、タクシーは運輸大臣の免許事業とされ、運賃については認可制が採用されている。このうち運賃変更の認可処分権限は、各都道府県所轄の陸運局長に委任されている(京都市域のタクシー運賃変更の認可処分権限は大阪陸運局長に委任されている)。
ところで、タクシー運賃は、タクシー事業者とその利用者間の最も重要な取引条件である。自由競争社会においては、利用者は、事業者相互間の競争の下で、より安くより良好なサービスを求めて事業者を選択することが可能である。そして利用者はこのような選択を通して価格その他の取引条件の形成に参加することができ、その利益を守る手段が保障され、これによつて事業者と対等な地位が確保される。しかし、実際には右建前とは異なり、タクシーについて自由な競争は制限されており、利用者の保護はこの意味からも特に配慮されなければならない。すなわち、タクシーは免許事業としていわゆる参入規制がなされており、運賃については事業者の申請に対して国がこれを認可する方式がとられているのであるから、二重の意味で国は高度な利用者の保護の責務を負うといえよう。ところが、現実の運賃決定をみると、法の目的である利用者保護の立場でなく、既得免許事業者の利益擁護の立場に立つてこれがなされていると思われる事案が少なくないのである。
近年、消費者団体等は、消費者(利用者)を運賃改定における利害関係人と認め、聴問その他の運賃決定手続において「知る権利」「意見を反映される権利」等消費者の基本的権利を保障するよう運輸当局に要望している。しかし、運輸当局は、既得免許事業者を利害関係人として認める一方で利用者をその対象から排除し、形式的にも実質的にも事業者(とりわけ自由な競争のもとで運賃とサービス面で利用者に、より良い条件を提供しようとする努力をなすことの少ない保守的既得事業者)の利益擁護に走つているのである。
三、今回、京都では、被告エムケイ株式会社が昭和五七年三月一一日付で大阪陸運局長に対して行つたタクシー運賃の値下げ申請を契機に、昭和五六年八月二五日の値上げ認可をめぐる違法行為や同値上げが正当な理由のない誤つた値上げであつたことが明らかとなつた。
そして、昭和五七年五月六日に公正取引委員会は、被告京都乗用自動車協会(以下被告京乗協という)に対して、被告京乗協の行為を独占禁止法違反のおそれがあると警告した。
このような被告京乗協による独占禁止法第八条違反の活動によつて右値上げが遂行されたことは到底容認できないことであり、また、同一地域同一運賃という施策を強行するため京都タクシー業界に値上げ同調工作を指導し、自らも同調値上げに一役買つた運輸当局の行為は、法の目的とする消費者保護の使命に背くものといわなければならない。
かかる違法な値上げ申請と認可処分によつて、昭和五六年一〇月一日以後、京都市域のタクシー運賃は14.5%値上げされ、利用者は高額な出費を余儀なくされているのである。しかも、右値上げの不当性を主張して被告エムケイ株式会社は、昭和五七年三月一一日、値下げ申請に踏み切つている(消費者からは京都市域全体のタクシー料金を元にもどせとの値下げを求める声が高いが他社はこれを拒否している)が、大阪陸運当局は現在までこれを認可しておらず、また利用者の損害を回復する是正措置もとつていない。
四、原告ら利用者は京都市域のタクシーを日常利用するものであるが、かかる違法値上げ申請、これに対する大阪陸運当局の認可および認可にかかる高額な運賃そのものを承服できない。
ここに被告国と被告京乗協に対しその責任を追求し、損害の賠償を求める次第である。
また、今回の同調値上げを推進した被告京乗協の主導的地位を占め京都タクシー業界大手の被告彌榮自動車株式会社(以下、被告弥栄という)と右業界および行政当局の“圧力”に屈して理由のない値上げ申請をおこなつた被告エムケイ株式会社(以下被告エムケイという)に対しては、不当な利得を返還して損害を償うよう求める次第である。
第二、当事者
一、原告
原告らはいずれも京都市内の肩書地に居住する住民であつて、日常、タクシーを利用する者である。
二、被告
1 被告国は運輸省当局をして一般乗用自動車運送事業(いわゆるハイヤー、タクシー、以下タクシーと呼ぶ)の運賃料金の変更認可や行政指導等公権力の行使をなさしめている者であり、運輸省設置法、道路運送法、消費者保護基本法等により利用者を保護する責務を有する。
2 被告京乗協は、京都市域のタクシー事業を営むタクシー会社四四社を会員とする社団法人であり、今回京都市域のタクシー業界の同調値上げを推進し、当時会員であつたエムケイグループ三社をして同調値上げをなさしめた事業団体である。
3 被告弥栄は、代表者粂田禎雄をして被告京乗協の会長として送りだしている京都市域タクシー事業者中の有力会社であり、車数四〇〇台を保有する。同被告は、その関連会社三社とともに(これらの保有車数は合計八三五台である)、昭和五五年一二月二日、業界のリーダーとしてタクシー運賃の値上げを申請し、かつ被告京乗協の他の会員、とりわけエムケイグループ三社の同調値上げを強力に推進したものである。
4 被告エムケイは保有車数四五一台の有力会社であり、(エムケイグループ三社では六四三台)、昭和五六年八月一四日の値上げ申請直前までは値上げは不要でありこれに反対との立場を表明していたが、運輸当局と業界の“圧力”により同調値上げをおこなった。
第三、本件タクシー運賃値上げに至る経過と違法行為
一、京都市域タクシー運賃の値上げ
申請
京都市域のタクシー運賃は昭和四七年一月に平均値上げ率32.9%、五二年四月に同29.0%、四九年九月に32.9%、五二年四月に20.1%、五四年八月に14.3%と値上げが認可されてきたが、早くも昭和五五年に入るとタクシー業界から値上げ申請の準備が各地域の事業者団体の協議の下に始められた。
京都市においては、被告京乗協は他の六大都市の事業者団体と協議を経て、タクシー運賃値上げの決定をなし、構成事業者によるその実施を推進した。その結果、昭和五五年一二月二日、被告弥栄らが大阪陸運局に対し値上げ申請したのを皮切りに、同月末までにエムケイグループ三社をのぞく法人タクシー四四社(五、一三八台)が16.3ないし24.57%の値上げ申請をおこなつた。
これに対し、エムケイグループ三社は、タクシー値上げは実車率の低下を招く等を理由にこれを避けるべきだと主張して、被告京乗協の同調要求にかかわらず昭和五六年四月に入つても値上げ申請反対の態度を崩さなかつた。
二、エムケイグループ三社への同調
値上げ要請と圧力
京都市域においてエムケイグループ三社のみが値上げ申請しないことに反対し、六大都市一括処理、同一地域同一運賃の方針をとる運輸当局は、エムケイグループ三社の値上げを促すような動きをするようになつた。早くも昭和五六年四月一日には西村泰彦大阪陸運局自動車部長は「エムケイ三社の運賃未申請は悩みのタネです」と発言している。同年六月に入ると、被告京乗協は本格的にかつ強力にエムケイグループ三社に値上げ申請を求めるようになり、かつ、エムケイグループの未申請により六大都市のタクシー運賃の値上げが延びることになると主張して、各地域の事業者団体の連合体である社団法人全国乗用車自動車連合会(全乗連・川鍋秋蔵会長)がエムケイグループ三社の値上げ要求に加担するようになつた。すなわち、同年六月二五日には全乗連の高木正延経営委員長が、六月三〇日には右高木委員長と被告京乗協の粂田禎雄会長が被告エムケイを訪問のうえ同グループ三社に値上げを要求した。
同年七月に入つて、エムケイグループ三社に対する値上げ要求は一段と激しく、かつ、運輸省も加わるようになつた。すなわち、同月一三日、値上げ申請をしていない被告エムケイの青木定雄会長と西村大阪陸運局自動車部長との面談がおこなわれたり同月一五日、右西村部長らが夕刻京都に出向く等、活発な動きが見られた。同月一六日、京都ホテルにおいて、被告京乗協の粂田会長、大木博副会長、松浦大輔専務理事外数名、二つの京都個人タクシー組合の村口定男、清水伊之助両理事長と被告エムケイの南部昌也社長、株式会社駒タクシーの原五三郎社長、株式会社三和交通の大塚輝雄社長らの間に会談が持たれた。席上、被告京乗協側より、値上げしないと業界の運賃秩序をくずすことになる等と値上げに同調するよう強い要求がなされた。しかし、これに対しても、エムケイグループ三社は値上げに応じない意向を表明した。
翌一七日、被告京乗協の粂田会長および松浦専務理事は、全乗連高木、新倉尚文両副会長とともに運輸省の某幹部(この幹部の名については被告京乗協は伏せているが、新聞によれば塩川運輸大臣とみられる)から呼ばれ東京に赴いた。同幹部より粂田会長らは次のように指示された。すなわち、運輸省は「六大都市一括認可、同一地域同一運賃の原則を崩さない。エムケイグループ三社が未申請であるかぎり六大都市の認可をしないので業界で全力をあげて調整をしてもらいたい。」と。
以後、被告京乗協は、個人タクシー組合の村口理事長らと、全力をあげエムケイグループ三社に値上げ申請をせまるようになつた。
そして値上げ申請に応じぬエムケイグループ三社に、運輸当局も加わつて連日の「説得」活動がおこなわれ、六大都市の値上げ認可遅延がエムケイグループ三社の未申請が原因であると主張し、また、全国のタクシー業者の利害をからめて値上げ申請を求めるようになつた。
この間のエムケイグループ三社の値上げ申請への“圧力”の状況は、一部業界紙が「粂田禎雄・京乗協会長は、青木定雄氏と十回以上も会談するなど精力的にかけ回つた」と評する程であつた。
そして、かねてエムケイグループ三社が値上げしないと公言をしていたため、右青木会長らの“こぶしおろし”に被告京乗協はもとより西村大阪陸運局自動車部長、古橋忠昭京都陸運事務所所長らも「一役買つた」のである。
三、エムケイグループの値上げの申請と認可
このような圧力をうけて、昭和五六年八月一四日、被告エムケイグループ三社は京都陸運事務所に値上げ申請を提出するに至つたのである。
大阪陸運局は右申請を直ちに受理し、その旨を即日公示した。そして昭和五六年八月二五日認可処分をおこなつた。この間わずか一一日であり、エムケイグループ三社の値上げ申請について審査は事実上なかつたといつても過言ではない。
その値上げ理由の要旨は、「値上げは断じて避けるべきだが六大都市を一括して改定する慣習になつており、小社がひとり値上げしなければ他の五大都市に迷惑をかけることになり本意ではないが同調値上げをする」というおよそ正当な値上げ理由にならないものであつたが、運輸当局は八月二五日認可というスケジュールをあらかじめ設定しており、理由なき認可を強行したのである。
第四、本件値上げの違法性と責任
一、以上に述べたように、被告京乗協による運賃値上げの決定、それにもとづくエムケイグループ三社をも含めて構成事業者らによる値上げ申請、これらに対する大阪陸運局長による認可、その結果として京都市域におけるタクシー運賃が14.5%引きあげられてそこにおける競争が実質的に制限された。また被告京乗協はその構成事業者であるエムケイグループ三社に同調値上げを強要してこれらの価格決定を不当に制限した。これらの行為は独禁法八条に違反する。また、値上げの理由のない値上げを京都市域タクシー業界と運輸当局が断行したものであるがこれは道路運送法八条に違反する。原告ら利用者はかかる驚くべき違法行為を知らされず値上げ運賃を支払わされてきたのである。かかる被告京乗協の行為や被告国の運輸当局の公権力の行使は民法七〇九条および国家賠償法第一条にいう不法行為であり、その故意責任は明らかであつて、共同不法行為により連帯してその損害の賠償をすべき責任がある。
また、被告弥栄、同エムケイは、右のような違法行為により運賃値上げの認可を得ているが、かかる値上げ認可は違法無効というべきである。かくて被告らタクシー会社は不当に高い運賃を得ており、右値上げ分は民法七〇八条にいう不当利得というべきである。
なお被告エムケイは、今や右値上げの不当性を自認し、昭和五七年三月一一日値下げ申請に及んだ程である。
よつてその差額分を返還すべき責任がある。
第五、損害
原告らはタクシー利用者として昭和五六年一〇月一日の値上げ以後、日常現在の認可料金を支払つている。その損害は原告各人の利用回数およびメーター料金によりそれぞれ相違するが、原告らの損害は少なくとも一万円を下らない。
さらに原告らの各被告会社のタクシー利用は別紙目録記載のとおりであり、その利用に伴う被告弥栄、同エムケイの得た不当な利得は同目録記載の金員のとおりである。
被告エムケイ株式会社に対する請求債権目録<省略>
被告彌榮自動車株式会社に対する請求債権目録<省略>
〔和解条項〕
一、被告社団法人京都乗用自動車協会は、昭和五六年度の京都市域のタクシー運賃改定において、独禁法第八条に違反するおそれがあるとして、公正取引委員会より警告されたことに鑑み、今後このようなことがないよう十分に留意する。また被告国においても、この点について十分に指導する。
二、被告社団法人京都乗用自動車協会及び被告会社らは、タクシー運賃の改定にあたつては、改定が利用者の重大な利害にかかわることに鑑み、利用者に対し運賃改定申請の根拠について詳しく公表説明を行い、かつサービス問題等を含め利用者の意見を聴取する必要のあることを認め、いわゆる民間公聴会に出席し、説明並びに質問に対する回答を行う。
民間公聴会の開催方法及び内容については、上記の趣旨にのつとり原告らを含む利用者団体と別途協議するものとする。
三、被告国は第二項の趣旨にのつとり、京都市域のタクシー運賃改定にあたつては、運賃及びサービス問題等に関する情報を提供し、民間公聴会に出席して利用者団体等各種の意見を聴取すると共に査定原価の公表を推進する。
四、被告社団法人京都乗用自動車協会は原告らに対し、本件和解金として金一〇九、四九〇円を、昭和五九年一二月八日限り原告ら訴訟代理人弁護士井上善雄の法律事務所に持参又は送金して支払う。
五、原告らはその余の請求を放棄する。
六、原告らと被告らとの間には本件に関し本和解条項に定める以外何らの権利義務の関係がないことを確認する。
七、訴訟費用は各自の負担とする。